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新生児の子育ては辛い!ママ友が相談できる心の支えに!

新生児育児の理想と現実

「生まれたての赤ちゃんとその母親」というと、ほんわりと優しい空間で、安らかにすやすや眠る赤ちゃんを、母親が穏やかに笑顔で見守っている、というイメージがあります。

私も「きっと赤ちゃんが産まれたら、穏やかでゆったりとした時間を赤ちゃんと過ごすんだろうな」と思っていました。

 

いま思うと、出産前に新生児育児のエッセイやマンガなど、どれか一つでもいいから読んでおけばよかったのかもしれません。

私が体験した新生児育児の現実は、予想していたよりもはるかにサバイバルなものでした。

新生児の育児はサバイバル

私が出産したのは、産後すぐに母子同室育児を基本とする病院でしたが、出産時の出血が多かった私は常に貧血でフラフラしており、産後2日ほどは寝たきりの状態でした。

その間、子どもは新生児室で看護師さんがお世話をしてくれ、私は点滴を打ちながら体力回復に努めなければなりませんでした。
産後3日ほど経ち、私もようやく歩けるようになったので母子同室育児をスタートさせることができました。

でも日中は産後の検査や見舞い客の対応があり、夜間は夜泣きする赤ちゃんを4人部屋から連れ出して授乳室に移動せねばならず、ろくに睡眠もとれません。体力が十分に回復していないせいか、母乳がなかなか出ない私は、病院が用意してくれるミルクを飲ませることがほとんど。

でもミルクをあげられるのは3時間おきと決められています。

母乳なら好きな時に好きなだけあげても構いませんたが、ミルクはあげすぎるとダメなようで、3時間経たずにあげると看護師さんに叱られてしまうのです。

真夜中の授乳室に一人たたずみ、空腹で泣く赤ちゃんをひたすらあやしつつ、「早く3時間が過ぎて~」と祈るような目で時計を睨んでいたのを覚えています。

その間、たまに授乳室に入ってくる人もいましたが、赤ちゃんに母乳をあげるとすぐに自分の部屋に戻ってしまうので、授乳室から外の景色を眺めながら、毎晩孤独な夜を過ごしていました。

退院してもサバイバル

産後の体調回復は不十分でしたが、病院の先生から退院の許可をもらえたので、出産から約1週間後、里帰り先の実家に帰ることができました。

入院時はまだ暑さも残る時期だったのに、病院から一歩足を踏み出すと秋の涼しい空気に変わっていたことをよく覚えています。
退院時は兄夫婦が車で迎えに来てくれ、そのまま実家に連れていってくれました。

一緒に昼食をとった後、私はリビングの近くで赤ちゃんと一緒に布団に横たわりました。

すると、一旦家に帰った兄嫁が、子ども2人を連れて戻ってきたのです。

子どもはまだやんちゃ盛りの小学生。初めは「赤ちゃんかわいいね~」「ちいさいね~」と小さな声で話していたのですが、だんだん飽きてきたようで、大声でしゃべったり追いかけっこしたり。

正直、枕元で大暴れされると産後の身体にはつらく、せっかく寝ている赤ちゃんも起こされてしまうのではないかと、気が気ではありません。

でも慣れている光景なのか、兄夫婦は注意をするようすもなく、私一人が神経をすり減らしている状態です。

結局それは夕飯前まで続き、疲労困憊した私は何とか夕飯を食べ、その後、いつものように夜泣きする赤ん坊を抱えて途方にくれる夜を過ごしたのでした。

ママ友の存在が、つらい育児の支えに

里帰りしたので、食事の準備、洗濯、掃除など家事一切を実家に頼ることができたのは、とてもありがたいことでした。

でも、赤ちゃん見たさに来客する親戚も多く、その中でおむつ替えや授乳をしなければならないのは、私にとってはストレスが溜まるものでした。

いま思えば、疲れた時には別室で休ませてもらえば良かったのですが、実家にお世話になっているのだから私も我慢しなければいけないと思いこんでいました。
そんな時、心の支えになったのは、ほぼ同時期に出産した友人の存在でした。

赤ちゃんが夜泣きでなかなか寝てくれない時、メールを送るとたいていその友人も起きていて、大変さを共感することができました。

メールのやり取りで子育てが楽になることはありませんが、悩みを相談したり大変さを分かってもらったりすることで、心が軽くなることは何度もありました。

つらい時、「大変なのは今だけだよ」と専門家に言われるよりも、「つらいよね、分かる分かる」と同じ立場の人に共感してもらえる方が、心が何倍も楽になることを知りました。

きっと、子どもが幼稚園になっても小学生になっても悩みは尽きず、そのたびにママ友に相談するであろう私が想像できますが、ママ友が「分かるよ」と共感してくれたように、私も相手に共感できる人でありたいと思いました。